年の瀬

2006年12月23日
年末進行もようやく来週頭辺りで私担当分は目処がつきそうです(ほっと一息)。しかしながらお隣さんの担当は仕様変更やらなんやらで来春まで慌しく変化がある模様(しかも授産項目最大比率部分)。授産施設といいながら福祉(利用契約者さんに対する諸々)は二の次で取引業者さんとのやり取りやら納品の方にいっぱいいっぱいてこれまた如何に(日々何故か営業さんやってますよ私も)。年次毎に授産賃金○×%up目標とお役所さん指導入ってもそれに伴って保護受けつつ日々いっぱいいっぱいギリギリで暮らしてる人にとってみれば授産賃金=収入認定となって保護費削減生活自体は変わらずむしろ低下スレスレ、将来的展望なんて云ってる場合じゃないのでした。

歩く道は心の柔らかい部分にクリーンヒットする素敵なメルヘンでした。やさしいやさしい物語だった。毎回泣けました。こうなればいいなって云う希望的観測を悉く叶えてくれる理想的なお話でした。テルの職場ってなんて恵まれてるんだ。なんて皆良い人たちばっかりなんだ。ああいういい人たちばっかりに囲まれて仕事できて自活できて【自立生活】できるなんて、なんて夢みたいなことだろうか。

重度の自閉症の妹さんを持つ方の日記を拝見していて、このドラマはどうしても自分の環境と重なって何時もいつも重苦しくなってくる、ドラマを見てる妙齢の奥様方から時々話し掛けれて正直しんどいと書かれていて切なくなったことを思いだした。

(職場の)お歴々の先輩方(姉妹施設等経験者)のお話を伺っていると、ようやく話が纏まっていざ就職となったとしても職場の人間関係に馴染めず(会話に入っていけない受け入れられないからかいの対象になり果てはいじめられる)辞めて帰ってくる人、が多い、そうだ。そういう職場ばかりではないにしても精神的に耐え切れず不慣れな環境に馴染みきれずに脱落したりとか。障害年金とか両親の遺産目当てに近寄ってくる人の仮面いい人ぶりに気付かずいつの間にか泥沼ぶら下がられドロドロ生活とかエトセトラエトセトラ。そういう場合が多い為、どうしても福祉的就労の場としての授産、という形になりやすいとか。とかとか。4月より施行の例の支援法のお役所の授産施設モデルサンプルになってる所が障害程度区分の比較的軽い人しか対象にしてなくって(実際(うちの)施設へ照会する人、来所する人は中度以降の人が多い)、じゃあそこからあぶれてしまった人達はどうすれば?とか……。

あのドラマはあのドラマでよかったんだが、違う部分でもうグルグル悶々としてしまうのでした。

グループホームもいいが、いいんだが。興味があれば一度職員の募集事項なんて覗いてみてくだされ。月収(しかも自活していけないくらい安かったりする)なんて書いてある所はまだよくて下手すりゃ時給、もしくはボランティア(これが人的資源活用ということですよ)というところのなんと多いことか。これから先、福祉の道行きは果たして。

福祉も教育も生産活動経済活動と直接関係がない所はどんどん切り捨てられていくんだなぁ。

と、年末になると何だか気持ちが下降して行く(4年前もそうだったな……)。

コメント